息子の母親って?「最後まで親でいる」高畑淳子会見に思うこと

女優の高畑淳子さんの記者会見が放送されてましたが。息子の過ちに対して、親としての苦悩、率直な思いが表れていたように思います。
もし自分が親の立場だったら?あんな失礼な質問が続く会見って何なのか?いろいろ考えてしまいました。

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最後の最後まで親でいる

高畑淳子さんの発言で、印象深かったのは、
「お母さんは何があってもお母さんだから」
「お姉ちゃんは何があっても裕太のお姉ちゃんだから」
それも、「こんなこと言って申し訳ありません」と繰り返し繰り返し言われて。

同時に、被害者の方に対して、
「もし自分の娘だったら、ということを、頭の中ですり替えて、冷静に考えてみなければ」と。

・・・これ、私は涙止まりませんでした。いい悪いではなく、親としての複雑な思い、率直な気持ちだと思います。共感した方は少なくないのでは・・・

もし、子どもが過ちを犯したら

子どもが過ちを犯したときって。
そんなふうに育てた覚えはない、とか、あんたなんかうちの子どもじゃないって、否定したり離れたい気持ちが湧きあがっても不思議はないと思う・・・っていうか、私、言っちゃいそうだ。

でも、高畑淳子さんは、私からみれば失礼すぎる質問が会見で続いても、ひとつひとつこたえ、それでも、”最後の最後まで親でいる”と。
そんな高畑淳子さんが、私は好き。

親も子も選べない。罪は罪。だけど、向き合っていく覚悟があることは尊い、そう思った会見でした。

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記者会見のひどい質問は誰のため?

それにしても・・・。なぜあんなにひどい質問が延々続くの? きいてると胸がつまる思いでした。
芸能界に入ったから?子育ては?性癖は?息子の仕事の損害賠償は? 事件をなんでもかんでも結び付けすぎ・・・でも、そういう質問が報道や記事でお金になるというならば。消費者側のモラルも問われてるってことですよね。

それに。もっと腹立たしいのは、これが男親に対してだったら、そこまで聞かなかったんだろうな、という思いがぬぐえないこと。これだって、現実の世間の風潮の現れなのかも。

そして、高畑淳子さん自身が仕事を続けるかどうかの話題も。

たぶん、職業柄イメージも大切だし、事務所の方針や、なにより、高畑淳子さん自身の思いもいろいろあることでしょう。
家族もともに歩む面はあると思うし、もしも私が母親なら、世間に自分も出てはいけないような気持ちになったり、出たくない気持ちが大きいかも。

でも、客観的な立場からみると。
罪は、本人が償うもの。
本来は別べつの人間なのに、人生をかけてきた仕事や生活を失うことまで、世間は求めてるの? もやもやします。

 

私は女優やバラエティでの高畑淳子が好きだから、仕事は全うしてほしいです。
同時に、親としての立場や思いに真摯に向き合ってる人間が、重すぎる負い目をしょってほしくないと思います。

そうでなければ、誰も、怖くて親なんかやってられません。
だって、犯罪するようにと思って育ててるわけじゃない。そう思いませんか??

家族責任にしたがる?

被害者の女性が受けた苦しみは重いものです。
謝罪といわれても会う気になれないのも、無理のないことだし、高畑淳子さんに怒りを向けたとしても不思議はないと思います。
でも、直接関係のない外野から、度をすぎた家族責任を問うのはおかしい。

なぜ、なんでも親や家族の責任かのように結び付けたがるのか。
それは、自分や自分の家族は違うんだと思いたい、防衛する心の一端なのかも。

こんな犯罪が減るように、そして、誰もが自分らしく生きていけるように、
この件は、自分や家族のことを改めて考えてみる機会にしたいと思います。

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