「孫のしつけに口を出すべき?」お悩みに達人のおこたえは?NHKシブ5時

12/7のNHKシブ5時の悩み相談コーナー「渋護寺」。今回のお悩みは、「孫のしつけに口を出すべきかどうか」というもの。70歳の女性からでした。
しつけの方針の違いって、祖父母側も親側も、そして子ども自身も、なかなか悩ましいんですよね・・・
達人のおこたえには、そうそう!というものから、意外な視点まで、考えさせられました。

お悩みは

お孫さんは小学2年生、
おじいちゃんおばあちゃんを呼び捨て、
あれやれ、これやれと命令するのだそうです。

お孫さんの親からは、
叱るのはこちらでする、甘えさせるだけでいい、
と言われるそう。

「我々はしつけについて口出ししないほうがいいのでしょうか・・・」とのこと。

・・・あらら、これは、奥ゆかしいというか、心配になりつつも親御さんの方針もふまえて・・・と苦心されてるのでしょうね。
内容的には我が家とは逆パターンなんですが、方針の違いに悩むという意味では、とってもたくさんの方が悩んでそうです。
さて、達人のおこたえは・・・

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間違いは正し、脳の完成をたすけよう

なんでも、8歳は言語脳の完成期
小脳の発達の臨界期が8歳の誕生日の頃で、
それに連動して言語の機能がすべて揃うのだそう。

・・・このへんの話はちょっと私には難しーなーと思いましたが。ともかく

発達途上にある、6歳7歳の頃は、脳が不安定になるそうで、
こどもに深い意図はないけれども、乱暴な口をきいたり、生意気いっちゃうことがあるんだそうです。

・・・生意気ことばに、そんな背景があったなんてびっくり!
脳がしっかり発達していく途中段階なのね。

でも、そういう時期だから仕方ないって、ひいてしまうのではなく、
きちんと正すことが大切みたいですね。

達人からは、

生意気な言葉は、脳の試行錯誤
間違いを正すことで、脳の完成を助ける

って、おっしゃってました。

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なぜ、だめなのか、説明しよう

達人はなんと、厚切りジェイソンさん!
「ツイッター人生相談の達人」と画面に出てるのに、思わず、おお!と思っちゃいましたが。

「間違いを正すときは、なぜ、だめなのか、説明しよう」とのこと。

・・・このへん、どんなふうに言うのか、聞いてみたいな、と思いましたが。
話題は、ご自身の子育てでの祖父母の関わりのことに。

若いお父さんでもある、厚切りジェイソンさん。
おじいちゃんおばあちゃんは、アメリカと日本とおられるそうで。
(たしか、奥様は日本人だったかと。)

アメリカのおじいちゃんおばあちゃんは、日本より甘いのだそう。

例にあげたのが、

すぐクッキーを出す
夕食直前なのにチョコをあげる
「やめてください」と僕は言いたくなる。

・・・ここで、WHY・・・!!と、叫んでるかと思いきや、この発言だと、
ジェイソンさんも、言わずに我慢してる派なのかな。
まぁ、程度と頻度にもよるかなって私も思います。

さらに、ジェイソンさんが言うには、

日本のおじいちゃんおばあちゃんは、いろいろ考えて協力してくれる。
とのこと。

・・・おお、これは。ジェイソンさん、なかなかいい関係でがんばっておられるようですね。
うう、私、実親には遠慮なく「やめてください」言ってましたが・・。
これは、見習うべきとこですなぁ・・・。

うちはかなりたくさんのバトルを経て、
いくつか、祖父母に、お願いをしました。

小さい頃は
・食事前におやつは出さないで (厚切りジェイソンさんと同じですかね)
・おやつは少しだけ
・ダメなものはダメと注意して

ちょっと大きくなってからはですね、
・家の仕事をなるべく一緒にしてほしい

あ、これは、私がずぼらなんで、家事とか畑とかは祖父母にみてもらったほうがいいという事情と、
私自身、お仕事系のことをいっしょにするのが楽しかった記憶があるので。
なぜか、親をお手伝するのとは、だいぶ、感覚違うんだよね(笑)

ちなみに、私の両親は、そんなの、やらんでいい、と言いがちですが、
何もできん大人になったら、かっこ悪い、とお願いすると、
すごーく軽めで、甘々ですが、孫のために教えてくれます。
こっちも、親子喧嘩になることが減り、たすかってます。

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祖父母ならではの大きな教育を

シブ5時のほうにもどりますと、
僧侶で宗教学者の釈徹宗さんからは

特に参加しなくても導いてやれることはたくさんある
とのこと。

例にあげておられたのは、

老いの姿を見せることも教育
病んでる姿、
健康がだんだんだめになっていく姿・・・

流れの中で、長い時間の中でものごとをみることなど見せていけば、立派な教育だと思います。
とのこと。

・・・なんだか、とっても深いなぁ、と思いました。

 

そうですよね。
おじいちゃんおばあちゃんにしてみれば、
元気なところ、いいところを見せたい気持ちはあるでしょうけども、

たぶん、私も老いたら、がんばっちゃうだろうな、と想像するけれども、

私自身の亡くなった祖父母を思いだすと、元気な頃、亡くなる前、お葬式、と
時間の流れを思い出せるほうが、より大きなものをいただいてる気がします。

そうなると、やっぱり、生き様というんでしょうか、
直接、しっかり関わる機会は少なかったんですが、少しずつの思い出のつながりが、とっても重みというか深みをもつような感じはしています。

祖父母、親、孫、知り合い、いろんな立場があっても、
他の人が大切にしていることも尊重しつつ、
自分でできる範囲で、自分が大切と思うことを淡々としていく、
そんなふうでいけたらな、と感じました。